喫茶文化と日常の架け橋として
新たな習慣を提案する茶葉屋
私たちの生活に当たり前に存在するお茶。しかし、自動販売機のボタンを押すだけで容易く手に入る環境があるためか、日常で「お茶」に対して意識的になることは少ないだろう。ただその一方で、道具や作法などで独特な空間・空気を醸し出すセレモニアルな喫茶文化が、古来より世界各国で築かれてきた歴史的背景があるのも事実。
東京・蔵前エリアにあるお茶専門店「norm tea house(ノーム・ティー・ハウス)」の店主、長谷川愛さんは「丹精込めてつくられたお茶を、日常の一コマに溶け込ませたい」と話す。「習慣」を意味する「norm」。その言葉を冠するnorm tea houseは、日常とセレモニーという現代のお茶を取り巻く二極の状況に接点をつくり、新しく美味しく心身にやさしいお茶の「習慣」を生みだそうとしている。
-お店「norm tea house」をはじめた経緯をまず教えてください。
長谷川:昔からお茶が好きで、お茶の生産者さんに会いによく畑へ遊びに行ったりしていました。そういったご縁もあって、「Tea for Peace」という生産者さんを集めたお茶のイベントを2017年からやっていたのですが、Covid-19の影響でイベントの危うさに直面してしまって。それと、生産者さんが丹精込めてつくった茶葉をもっと多くの人の元に届けたいし、カジュアルに楽しんでもらいたいと思っていたんですね。イベントだとどうしても間口が狭くなってしまい、元々お茶好きで、関心のある人だけが集まる傾向があったので、新しい入り口を作りたいな、と。それで、“気軽に茶葉が買えるお茶屋さん”をコンセプトに自分でお店をはじめることにしたんです。
-ここでは、何種類の茶葉を扱っているんでしょう?
長谷川:新しいラインナップを入れ替えながら、常時12種類ほどの茶葉を扱っています。イベントがきっかけでつながった人のものもありますが、自分で畑を訪れて仲良くなった生産者さんの茶葉が中心になります。それこそ、「今年はどうだった?」と電話で話せるくらいの方が多いですね。
norm初のシグネチャーブレンドを4月にリリース予定なので、何を買っていいかわからない方は、それから手に取ってもらえたらいいのかなと。烏龍茶と緑茶、紅茶、ほうじ茶と、茶種をバラバラに混ぜたりしています。
-ここ数年、コーヒーやナチュラルワインなどの店舗が増えている印象がありますが、お茶にフォーカスしている点が新鮮に映りました。
長谷川:ワインやコーヒーのように選んで楽しむことができる場所って、お茶だと急に少なくなってしまうんです。お茶って自動販売機でも買えるし、どこでも飲める身近な飲み物なんですけど、実際に自分で淹れるとなると、どこで何を買っていいかがわからない。ここに来るお客さんもみんなそういう話をしてくれるんですけど、どうしてもセレモニアルなシーンと日常との間に乖離があるんですよね。その「乖離」をつなぎ合わせるように、この店舗でお茶を飲みはじめると、その人なりにアップデートしていってくれるんです。最初はティーバッグで買っていたけど、「最近、茶器を買ったから」とリーフで買ってくれるようになったり。入口をつくることができれば段々と習慣化していくので、その最初のアクションを起こすことがお店の役割なんだと再認識するようになりました。
-畑へ赴き、生産者さんと直接会うなかで、彼らが抱えている課題を感じたことはありますか?
長谷川:畑に行って思うのは、現場で働くすべての人が必ずしもお茶が好きでお茶を仕事にしているわけではないということ。たまたま地元で就職したのがお茶農家だったという方もいますし、単に仕事として作業に携わっている方もいる。そんな状況で、私のようなお茶が好きでお茶を仕事にしている人間が畑を訪れると、私と話す機会を喜んでくださる生産者さんもいらっしゃいます。最終的にお客さんにお茶を淹れているのは私たちなので、そこで受け取ったフィードバックや喜んでくださっている姿を生産者さんに伝える。もちろん、そこで見たり話したりする現場の話を飲み手であるお客さんに伝えることもお店の役割だと感じています。
-丹沢HERBSのハーブティーも気軽に飲めますし、ティーバッグから茶葉を出してアレンジもできる。初心者から玄人まで誰もが楽しめるという点では、日常とセレモニアルなシーンの架け橋として、すごくいいアイテムのような気がします。今回は、そのなかでも「ひといき」と「やすらぎ」を飲んでいただきましたが、印象はいかがでしたか?
長谷川:ハーブティーは香りが出やすいお茶なので、どうしても香りにばかりフォーカスが当たって味が見落とされがちなのですが、丹沢HERBSのハーブティーは華やかな香りに甘みが感じられて、クリアですっきりとした印象のなかにもミルキーな美味しさを感じました。根のほうなど、枯れた部分が混ざっていたりすることがハーブティーには多いので雑味が出てしまったりするのですが、やはり機械ではなく手作業で収穫・製造しているのが味に大きく影響しているのかもしれませんね。
すっきり、さっぱりな印象の「ひといき」に比べて、「やすらぎ」はより甘味が感じられる印象でした。セントジョーンズワートやジャーマンカモミールが入っていますが、カモミールが主張しすぎないところが個人的には気に入っています。表面の味をサッと出したときと、しっかり抽出したときの印象も違うのですが、「やすらぎ」はしっかり抽出しても美味しかったです。カモミールの香りが好きなひとは多いですが、飽きやすくもあるので、世に溢れているカモミールが前面に出すぎたものとは違うところもいいポイントでした。
-ハーブティーを美味しくいただくコツや、長谷川さん流の楽しみ方があれば教えてください。
長谷川:まずは熱いお湯で淹れることだと思います。熱湯で淹れることで、より香りが引き立つんです。ハーブティーのいいところは、お茶よりも淹れるのが簡単なこと。煎茶のように高温だと渋みが出てしまうような茶葉とは違い、温度帯を気にしなくてもいいし、ハーブだから茶葉を引き上げなくても美味しさが損なわれないんです。フランスのフィトセラピー(※)だと煮出したほうが成分が抽出できるなんて話もあるぐらいなので。放っておいても大丈夫な気楽さがハーブティーのいいところですね。
※フィトセラピー
草花や野菜などの植物の力を利用して、人が本来もっている自然治癒力に働きかけ、病気の予防・ケア、健康の回復を図る植物療法。ハーブティーなどの内服にも活用される。
-そういう意味では、日常のシーンはもちろん、仕事場やミーティングでも重宝する気がします。
長谷川:例えば、寝る前に飲めばリラックスできますし、緑茶と一緒にブレンドして飲むことでボディがしっかりと感じられ、カフェインも入ってくるので、これから動き出す朝やミーティング前など、人を迎えるようなシーンにはピッタリだと思いますね。
-茶葉をミックスするような飲み方もあるんですね。
長谷川:緑茶や紅茶と合わせてみたり、いろいろな飲み方で楽しめるのがお茶の魅力です。今回は高温にして香りを引き立てて飲みたかったので、同じ温度でも渋みが出にくい釜炒り茶を使用してみたんですが、緑茶などのお茶って味のベースになってくれる上にハーブティーの香りを邪魔しないし、結構相性がいいんです。
-ワイングラスでお茶を出されているのが面白いですね。
長谷川:台湾に聞香杯(もんこうはい)という器があるのですが、それは、飲む前にお茶の香りを一時的に嗅ぐだけの茶器で、ワイングラスと同じような形状をしているんです。このお店でも香りを嗅ぐ行為に注意を向けたかったので、ワイングラスでお茶を出すようになりました。
-長谷川さんがこの店舗でつくっていきたい理想の状況はありますか?
長谷川:誰もが気軽に立ち寄れる場所になって欲しいなと思っています。地域に根ざしながら、クラブ活動のような感覚で周辺に暮らしている方々に通ってもらえるようなイメージです。なかには生存確認のために定期的に通ってくれているおじいちゃんもいるのですが、それぞれの日常に溶け込みながらも、その側にはいつも美味しいお茶がある。お茶を日常の一コマに溶け込ませたいんです。気取らず、近所の茶葉を買いに行ける場所でありたいですね。
-お茶を飲む、淹れるスタイルは人それぞれですが、そのまわりにあるさまざまな状況に順応しながら、人とつながる姿勢を大切にするという意味では、お茶がコミュニケーションツールとして一役買っているわけですね。
これからお茶をはじめる方も、すでにはじめられている方も、丹沢HERBSのハーブティーを自宅で美味しく淹れるためのアドバイスがあれば教えてください。
長谷川:さっき熱湯で淹れるという話をしたのですが、お湯自体に熱をもたせることですかね。沸騰させると泡が出てくると思いますが、すぐに火を止めずに、そのままお湯を沸かしきるんです。そうすることで身体がより温まるという東洋医学の考え方があって。そういう考えも面白いですよね。時間があるときは、沸騰してから更に5分沸騰させるなどしてみると、身体に優しくて美味しいお茶が淹れられると思います。
生産者さんを集めたお茶の祭典「Tea for Peace」のディレクターとして、2017年よりイベントに携わりながらコミュニティの輪を広げ、自身のお茶ブランド「norm」 を始動。2021年11月には、台東区の蔵前エリアに実店舗「norm tea house」をオープン。地域に根差したお茶屋として気軽にお茶を楽しめる空間を提供しながら、日々、喫茶文化の入口を広げている。
norm tea house
〒111-0055 東京都台東区三筋1丁目11−8
OPEN:土日 12:00〜18:00、月12:00~17:00(定休日:火〜金)
- Photo:Masayuki Nakaya
- Text:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)