池尻大橋に古くからある宿泊施設の同名を残しながら、2023年の夏にリノベーション・再生された「大橋会館」。その1階には、カフェ・ワインバー・ギャラリーを併設するレストラン「Massif(マッシーフ)」が広がる。そこで働くスタッフたちは国籍や人種を越え、各々が純粋に良いと思えるモノを交差させ、その集合体が唯一無二の空間を形づくっている。料理はもちろん、食を受けとめる器、壁にかけられたアート、照明、スピーカーに至るまで、彼らのこだわりを数え上げたらキリがないが、あらゆる物事の繋がりが新たな人びとを招き入れ、「Massif(=山塊)」という店名が示すように、刻一刻と移り変わる山の景色のごとく表情を変化させ、地域コミュニティのハブとなっている。
今回は、丹沢HERBSの畑を訪れたばかりのMassifチームから、ファウンダーでありクリエイティブディレクターのMax Houtzager(マックス・ハウゼガ、以下、マックス)さん、アシスタントマネージャーの遠藤幸(以下、遠藤)さん、ヘッドシェフのTan Jck Sng(タン・ジャクソン、以下、ジャクソン)さんにインタビューした。
-Massifがオープンして約1年が経ちますが、大橋会館でお店を開いたきっかけは何だったのでしょうか?
マックス:大橋会館のプロジェクトが立ち上がった時にこの物件のオファーをいただいて、素直にこの場所で何かやってみたいと思えたのが最初のきっかけでした。と言うのも、もともとこのエリアに住みながら近くにある「みどり荘」というシェアオフィスで働いていたこともあり、大橋会館の隣の銭湯にもよく通っていたんです。以前からずっと見ていた建物だったし、この場所をひとつのインフラとして多くの方に利用してもらいながら、時代に合う形で、この歴史的な町の一角を引き継ぐことができたら面白いんじゃないかと思うようになって。当時は具体的なビジョンをもっていたわけではなかったけど、ジャクソンや共同創業者との出会いもあり、自然といまの業態に落ち着きました。
-シェフを務めるジャクソンさんはマレーシア出身ということですが、池尻大橋という町の雰囲気は気に入っていますか?
ジャクソン:小さい頃から父の仕事でよく日本を訪れていたので日本が大好きだったし、いつか働いてみたいと思って、当時働いていたサンフランシスコから東京へ来たんですね。マックスとの出会いから池尻大橋で働くようになりましたが、この町は、若者たちの遊び場になっている三軒茶屋や中目黒より少し落ち着いた雰囲気があって、近所のコミュニティと外から訪れる人とのバランスがちょうど良くて気に入っています。オシャレだけど、 “知る人ぞ知る” みたいな場所ですね。
-先日、丹沢の畑をチームで訪れ、ハーブを採取したそうですが、そのハーブはどのように使ったんでしょう?
遠藤:丹沢の畑でステビアやレモンバームなどのフレッシュハーブを口で喰み、香りを確かめることができたので、冷たいドリンクをイメージしながら畑で摘んできたハーブをすぐにシロップに漬け、ひとつのハーブの香りだけが強く出すぎないようにバランスを整えて、早速ハーブコーディアルとしてドリンクメニューに加えました。スッキリとした爽やかな味わいで、夏にピッタリのドリンクに仕上がりました。
-コース料理の最後には、デザートと一緒に「ひらめき」を出されているそうですね。
遠藤:Massifには、朝昼とカフェインの選択肢があるので、夜はリラックスできるようにハーブティーを選択し、レモングラスとレモンバームを使用した「ひらめき」をコースの最後にデザートと一緒に出すようにしています。そのままでももちろん美味しいですけど、ここではスパイスで煮出したジンジャーシロップを混ぜたお湯にフレッシュミントを加えて淹れています。この一手間で甘味とレモンの風味をより感じてもらえると思いますし、ハーブの香りを楽しんでもらうため、提供時はポットに入れて目の前で注いでいます。
-今回、「丹沢HERBS」のハーブティーとペアリングで楽しめる料理をお願いさせていただきましたが、「ひらめき」を「雲仙ハムの包みパスタ」と合わせた意図について教えていただけますか?
ジャクソン:丹沢HERBSのハーブティーを飲んで最初に感じたのは、香りの高さでした。このハーブティーならペアリングのワインのようなアプローチでお出しできるのではないか、と。「雲仙ハムの包みパスタ」はMassifの人気メニューのひとつで、コースにも登場するんですが、豚肉の芳醇な甘味や舌触りをすっきりとした印象にしてくれますし、なかに入っているバジルの香りをレモングラスなどのハーブがより一層引き立ててくれるので、足し算ではなく、掛け算のような相乗効果が得られるんです。
-多国籍なチームでありながら日本の食材と向き合い料理を提供されているMassifですが、お店の説明として、料理をどのように形容しているのでしょうか。
遠藤:一言で伝えないといけないときは、「イノベーティブ(創作料理)」と言うようにしていますが、私はよく「日本の食材を活かしながら、様々なルーツをもつシェフたちが、それぞれの地域の香味料と料理の手法でつくったワインに合う料理」と長々と説明しています(笑)。
ジャクソン:Massifの料理に対するリアクションは、いつも2パターンです。フュージョンとして受け入れてくれる方と、 “一体どんな料理なんだろう?” と興味津々に料理を体験として楽しんでくれる方。どちらも大切ですが、私が常に大事だと思っているのは、ここで料理をつくりながら、それを楽しんでくれているお客さんの顔を見渡せること。オープンなキッチンはお客さんの反応を見やすいですし、サービスのスタッフとも連携しやすい。キッチン、サービス、お客さんの誰もがオープンに感情や意識を示すことができれば、コミュニケーションはより広がっていきますよね。
マックス:きっと、それらが一体となることでシナジーが生まれ、それがこのお店の独特な雰囲気をつくっているんだと思います。この場所をファインダイニングにしてしまえば儲かるかもしれないけど、ここには商店街も昔から集まってきている人たちもいる。だからMassifでは、 “この町でどう活きるか” を考えたかったし、まだ自分が知らない未知の世界へ飛び込むための “実験の場” としてトライしてみたかったんです。
-町の文脈に寄り添う視点は大事なことだと思いますが、例えば、コミュニティを形成する上で、どのような工夫をされていますか?
マックス:視野を狭めるのではなく広げる場所でありたいので、客層を絞らずに、どうやったらいろんな人たちが混ざって多様性に富んだコミュニティを形成できるかを常に考えています。ラテには放牧の牛乳を使用しているし、コーヒー豆も自分たちが賛同できる農法のコーヒー農園から仕入れていますが、僕らのこだわりに関心をもって飲みに来てくれる人もいれば、中目黒に飽きたからオシャレなカフェを探しにラテを飲みに来る人もいる。ナチュラルワインでも希少なボトルもあれば、ビギナーでも飲みやすいボトルも揃えていますし、誰もが楽しめる余白を残すことが大事だと思っています。
Massifは「山塊」を意味するのですが、レストランというひとつの地形が時間によって業態変化すること以外に、来る人によっても様変わりするというアイデアが面白いと思ったんです。
遠藤:どこか頼れる場所ではないけれど、みんなの拠り所になるような、懐の深い場所になってほしくて。
マックス:そうそう。それぞれのルーツが活かせる多様性のある場所。そういうスタッフやお客さんが自然と集まってきてくれるから、インフラとしても他にはないものが出来上がっていく。この町にはクリエイターも多いし、いろんな業種やコミュニティを交差させていくことで、それが叶うと思っています。素敵な空間をつくれる建築分野の方もいれば、美味しい料理をつくれるシェフもいる。じゃあ、そのどちらもがそれぞれの分野でクリエーションを重ねた先にどんな景色が見えるのか。そんな面白さをこの場所では発見していきたい。
-この店内には食を中心に様々な要素が溶け込んでいますよね。レストランという軸はありながらも、壁にかけられたアートや家具、店内を流れる音楽やスピーカー、照明に至るまで、随所にこだわりを感じます。
遠藤:Massifには、いつも “紹介したい” という気持ちから発されるエネルギーが満ちているんです。食事も飲み物もアートも音楽も。このお店をつくっているすべての要素がみんなが紹介したいと思っているモノで構成されている。だから今回も新たに紹介したいと思える丹沢HERBSと出会えたことが嬉しかったし、それを今度はみんなにも届けたいんですよね。
マックス:アートに関しては、現在ソウルで活動している大河原健太郎さんに描いてもらったり、海外のスタジオで直接選んできたAlexander Kori Girard(アレキサンダー・コリ・ジラード)の作品を飾っています。並んでいる椅子も海外の友人、Martino Gamper(マルティーノ・ガンパー)によるデザインでありながら、国産の檜を使用して名古屋で製作している。コーヒーやワインを軸としたお店だから外国人視点という前提はあるかもしれないけど、グローバルな観点をもち込むのであれば、できるだけローカルでありたいですよね。世界中どこにいても同じようなコンテンツが体験できるいま、ローカルを意識した食材やモノを集めることで、逆にそれぞれのルーツを活かしながら、その土地の魅力を引き出すためのクリエイションから国境をとり払い、パリにもニューヨークにもない、オリジナルの魅力を発信していける。Massifでは、 “池尻大橋にしかない味” を深いところで感じとってもらいたいですし、もっと多様な視点でローカルを表現していきたいんです。
-“ローカル” の定義について考えてしまいますが、そういう場所だからこそ自分の目で見たり、手で触れてみることが大事になりますよね。畑を訪れたのも、そういった理由からだったのでしょうか?
遠藤:Massifで扱っている食材を育てているすべての畑へ行けているわけではないですけど、行けるところにはできるだけ行きたいと思っています。海外のモノがあったとしても、ほとんどはマックスがつながっているカリフォルニアの友人たちなので、会おうと思えば会える。行こうと思ったら行けるような距離感の人びとだからこそ、Massifやコミュニティの一部として紹介したいと強く思えるんです。
マックス:例えば、ここに置いているOJAS(オージャス)のスピーカーは、知り合いのDevon Turnbull(デヴォン・ターンブル)が日本で信頼できるチームがいるからとインストールしてくれたんです。後日、本人がチューニングしに来てくれて、そんな関係性も心地良くて。ただ好きなだけではなくて、プライドをもてるようなモノを集めていきたい。カスタムオーディオメーカーである彼のスピーカーは、特定の場所にしかインストールされていないインディペンデントな魅力があるし、ここで食事していてスピーカーが話題に上ること自体が面白くて。
-意図せず興味を誘発したり、人を繋げるような状況がこの空間には溢れていますが、今後、この場所でどんな景色を描いていきたいですか?
マックス:視野を広げるチャンスでもあるので、いろんな表現を通して多くの方が混ざり合う状況をこれからも生み続けていきたいですね。いい音を聴きたければ他にも方法はあると思うけど、 “音にこだわったレストラン” で終わるのではなく、彼のスピーカーからアートに興味をもつ人がいるかもしれない、とその先の状況まで余白を残しておく。
丹沢HERBSも同じで、このハーブティーを通してどんな状況や出会いが生まれていくか。そういう偶発性を生み出すような文脈をこれからも大切にしながら、この池尻大橋という町で信頼のおけるひとつの拠り所になれたらと思っています。
1998年、東京生まれ。ホテルのカフェレストランでの飲食経験を経て、興味を抱いたコーヒーを掘り下げるため世田谷の「YOUR DAILY COFFEE」でバリスタとしての経験を積み、コーヒーの世界へ。その後、オーナーと繋がりのあった日本橋のベーカリーカフェ「Parklet」で働きはじめ、そこで得た刺激を糧に「Massif」のオープニングスタッフとして新たな一歩を踏み出す。現在は、カフェマネージャー兼バリスタとして業務に携わり、生産者の畑にも積極的に足を運びながら、人とモノとの接点に立っている。
1993年、マレーシア・クアラルンプール生まれ。カリフォルニア・サンフランシスコの二つ星メキシカンレストラン「Californios(カリフォルニオス)」出身のシェフ。幼少の頃より父に連れられて東京を訪れていたこともあり、2023年より池尻大橋に完成した大橋会館1Fのレストラン「Massif」にてヘッドシェフに就任。思い出の地に再び立ち、ルーツを活かしながら日本の食材と向き合い、イノベーティブな料理へと昇華、日々腕を振るっている。
- Photo:Masayuki Nakaya
- Text:Jun Kuramoto(WATARIGARASU)